コラム

こんばんは。いつもご覧いただきありがとうございます。

どれだけ勉強に時間を割いても、まったくわからないという経験をされたことがある方は、結構いらっしゃるのではないかと思います。

しかし、あるきっかけを境に、「わかる!」といううれしい感覚を味わったことがある方もまた、結構いらっしゃるのではないでしょうか。

今回は、多くの方の学びのお手伝いの中で、「知識をつなげること」が有効だということ、そしてその方法について考えてみましたので、お話したいと思います。

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こんばんは。いつもご覧いただきありがとうございます。

あるベテランのお笑いグループが、
「俺が!俺が!」
「いや俺が!俺が!」
「いやいや俺が!俺が!」
「どうぞ!」
というネタを持ち味にしています。

しかし、なかなか「譲る」ということは、覚悟の必要な行為だと思います。

今回は、「譲ること」についてお話したいと思います。

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こんばんは。塾長の髙橋です。

当塾在籍7名の中3生が、全員、志望校合格を果たしました。
これまでのみなさんの頑張りに心から敬意を表するとともに、
お子さまの大切な時期に携わらせていただいた保護者のみなさまに
心から感謝申し上げます。

あらためまして、おめでとうございます。

そして、ありがとうございます。

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こんにちは。塾長の髙橋です。
いつも当サイトをご覧いただきありがとうございます。
今年もあと2週間を切りましたね。

さて、昔の小学校には、薪を背負って本を読む子供の
銅像がありましたよね。最近では、「ながら」は危険なので
座らせて本を読ませている銅像もあるのだとか?

その「二宮金次郎」のお話をしたいと思います。

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【 コラム おぴにおん Vol.3 】

創業というのは、本当に大変なことですね。
ですが、みなさまのあたたかい励ましやご支援により
7月4日、創業半年を迎えることができました。
ありがとうございます!!

軌道に乗るまで3年。
石の上にも三年。

意志の上に三年
三年後の展開を描きつつも
日々の仕事に邁進しております。
(それについては、また別の機会に!)

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【コラム おぴにおん Vol.2】

 春の講習の資料の下調べをしています。

 この仕事をさせていただいて、以前よりも増して
 感じたことがあります。それは

「人にものごとを伝えることは、簡単なようで難しい」
 ということです。

 英語、英文は、日本語と比べると、
 一語一語の意味が強く表に出てくる言葉で、
 日本語は、一語一語に込められた状況が表に出てくる
 しくみの言葉である、といえるでしょう。

 (このあたりの詳しい話は、春期講習会で行います)

 よく私は、感情に熱がこもると、人一倍声が大きくなります。
 そのせいか、「怒ってる」「キレている」というように
 勘違いされることが、よくありました。
 (熱いのは感情だけで、頭はわりと冷静だと思います)

 長年「なぜ勘違いされるのだろう」と、悶々として
 きましたが、英語と日本語の対比について、この講習で
 しっかり伝えるために、いろんな本を読み漁っているうち、
 やっと気がつくことができました。

 日本語…状況と共感で会話が成り立つ。
 英語…だれがどうした、をはっきりさせた会話をする。

 状況と共感の言語を、あれだけの熱量で話せば、
 相手がそれを受け止めたり変換したりするのに、
 精神力が結構注がれてしまうのかもしれない。

 熱くなったときは、いつも一旦飲み込むようにして
 いますが、飲み込んだものをどう変換して、どれぐらいの
 熱量で話をしたらよいか、もう1ステップ考えてみる
 必要があるのかな、と最近思い始めています。

 英語圏の人と話すとき、よく I'm sorry but I can't hear you.
 といわれることがありますが、その理由もなんとなく
 わかってきたと思います。

 英語だろうが数式だろうが、「言語」「表現」なので、
 誤解のないよう、それに沿った表し方をしなければならず
 私自身も、改めて「心の勉強」をした思いでいます。

 2016.3.19
 (どこか地に足がつかない思いの自分へ、自戒を込めて)

【コラム おぴにおん Vol.1】
(不定期でコラムを出していきます)

 今、「先生」と呼ばれる仕事をしています。

 中学時代から英語に触れてかれこれ、早18年が経ちます。
 しかし、まともに話せるようになったのは、
 ここ数年のことでした。

 おそらく自分は、ただの英文法マニアだったのでしょう。
 就職してからは、自分でそういった環境に行かない限り、
 英語を使うことはほぼありませんでした。
 「昔取ったなんとか」というぐらいでした。

 ただのマニアから、活きた知恵へ。
 そのプロセスを私に教えてくれた地が、
 この北海道室蘭市、でした。

 430km東の故郷、網走市を出て12年。
 その後、北の港町を転々としましたが、
 クリエイティブな知恵の使い方を教えてくれた
 「先生」のおひざ元で、「先生」と呼ばれる
 仕事をさせていただいております。

 ところで、「先生」は「先に生きる」と書きます。
 先に生きる者の知恵を享受して、活用して生きています。

 では、「先」の基準はどこにあるのか?
 年下の人でも、経験が自分より豊富で、教えてもらうのならば
 「先生」になることだって、ありえます。

 そう思うと、私は「先生」と呼ばれる仕事こそしていますが、
 今の教育現場、という意味では、子どもさんたちこそが
 私の「先生」であるといえるでしょう。

 たくさんの「先生」に囲まれ、私も「先生」としての仕事を
 驕らず、遂行していきたいと思います。

 2016.3.16
 (英語の扉を開いて、桜を咲かせたキミへ捧ぐ)